原状回復にかかる判例【事例30】
[事例30]
通常損耗補修特約は合意されたとはいえず、仮に通常損耗補修特約がなされていたとして
も、消費者契約法10条に該当して無効とされた事例
東京地方裁判所判決 平成21年1月16日
〔敷金43万6000円 返還43万6000円〕
1 事案の概要
(原告:賃借人X 被告:賃貸人Y)
賃貸人Yは、賃借人Xに対し平成18年10月1日ころ、本件居室につき、賃料月額21万8000円、共益費月額2万3000円、期間2年間(ただし10か月程度の仮住まい)との約定で賃貸した。賃借人Xは、敷金として金43万6000円を賃貸人Yに交付した。
本件賃貸借契約には、賃借人の原状回復として入居期間の長短を問わず、本件居室の障子・ 襖・網戸の各張替え、畳表替え及びルームクリーニングを賃借人の費用負担で実施すること (第19条5号)、退去時の通常損耗及び経年劣化による壁、天井、カーペットの費用負担及び日焼けによる変化は負担割合表によることとし、障子・襖・網戸・畳等は消耗品であるため居住年数にかかわらず張替え費用は全額賃借人の負担となること(第25条2項、負担割合表)という規定があった。
賃借人Xは平成19年4月末ころ、同年5月30日限りで本件賃貸借契約を解約する旨を賃貸人Yに対して通知し、同年5月30日に本件居室を明け渡した。賃貸人Yは賃借人Xが負担すべき原状回復費用は48万円3000円であるとして、敷金を返還しなかったため、賃借人Xが敷金の返還等を求めて提訴した。
2 判決の要旨
これに対して裁判所は、
(1)最高裁判所平成17年12月16日判決(事例24参照)を引いた上で、
(2)原状回復についての本件賃貸借契約19条5号は、本件居宅に変更等を施さずに使用した
場合に生じる通常損耗及び経年変化分についてまで、賃借人に原状回復義務を求め特約
を定めたものと認めることはできない。また、修繕についての本件賃貸借契約25条2
項・借主負担修繕一覧表等によっても、賃借人において日常生活で生じた汚損及び破損
や経年変化についての修繕費を負担することを契約条項によって具体的に認識すること
は困難である。さらに、原状回復に関する単価表もなく、畳等に係る費用負担を賃借人
が明確に認識し、これを合意の内容としたことまでを認定することはできない。よっ
て、通常損耗補修特約が合意されているということはできない。また、敷金とは別に
礼金(月額賃料の2か月分)の授受があるにもかかわらず、賃借人が本件居室を約8か
月使用しただけで、その敷金全額を失うこととなることについて、客観的・合理的理由
はない。
(3)仮に形式的な通常損耗補修特約が存するとしても、通常損耗補修特約は民法の任意規定
による場合に比し、賃借人の義務を加重している。また、本件の通常損耗補修特約は賃
借人に必要な情報が与えられず、自己に不利であることが認識されないままなされたも
のであり、しかも賃貸期間が約8か月で特段の債務不履行がない賃借人に一方的に酷な
結果となっており、信義則に反し賃借人の利益を一方的に害しており、消費者契約法
10条に該当し、無効である。
(4)以上から、賃借人Xの請求を認めた。