原状回復にかかる判例【事例24】
[事例24]
通常損耗に関する補修費用を賃借人が負担する旨の特約が成立していないとされた事例
最高裁判所第2小法廷判決 平成17年12月16日
一審・大阪地方裁判所判決 平成15年7月16日
控訴審・大阪高等裁判所判決 平成16年5月27日
〔敷金35万3700円 うち未返還分30万2547円の請求を棄却した控訴審を破棄差戻し〕
1 事案の概要
(原告:賃借人X 被告:賃貸人Y)
賃借人Xは、賃貸人Yとの間で平成10年2月1日、本件住宅(特定優良賃貸住宅の促進に関する法律に基づく優良賃貸住宅)を賃料月額11万7900円とする旨の賃貸借契約を締結し、その引渡しを受ける一方、敷金35万3700円を賃貸人Yに交付した。本件契約書22条2項は、賃借人が住宅を明け渡すときは、住宅内外に存する賃借人又は同居人の所有するすべての物件を撤去してこれを原状に復するものとし、本件負担区分表に基づき補修費用を賃貸人の指示により負担しなければならない旨(本件補修約定)を定めている。賃借人Xは、本件負担区分表の内容を理解している旨記載した書面を提出している。
賃借人Xは、平成13年4月30日に本件契約を解約し、賃貸人Yに対し、本件住宅を明け渡した。賃貸人Yは、賃借人Xに対し、本件敷金から本件住宅の補修費用として通常の使用に伴う損耗(通常損耗)についての補修費用を含む30万2547円を差引いた残額を返還した。賃借人Xが未返還分の敷金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めて訴えを提起したところ、原審は賃借人Xの請求を棄却したため、上告がなされた。
2 判決の要旨
これに対して裁判所は、
(1)建物の賃貸借においては、賃借人が社会通念上の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣
化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却
費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払いを受けることにより行われ
ている。
(2)賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の
負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借
人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約の条項自体に具体的に
明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により
説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるな
ど、その旨の特約(通常損耗補修特約)が明確に合意されていることが必要であると解
するのが相当である。
(3)原状回復の特約である本契約書22条2項自体において通常損耗補修特約の内容が具体的
に明記されているということはできない。本件負担区分表についても、文言自体から、
通常損耗補修特約の成立が認められるために必要なその内容を具体的に明記した条項は
ない。説明会においても通常損耗補修特約の内容を明らかにする説明はなかった。
(4)以上から、賃借人Xは、本件契約を締結するに当たり、通常損耗補修特約を認識し、こ
れを合意の内容としたものということはできないから、本件契約において、通常損耗補
修特約の合意が成立しているということはできないというべきである、として原判決を
破棄し、原審に差戻した。