原状回復にかかる判例【事例42】
[事例42]
通常損耗についての原状回復費用を保証金から定額で控除する方法で賃借人に負担させる特
約が有効とされた事例
最高裁判所第1小法廷判決 平成23年3月24日
一審・不明
控訴審・大阪高等裁判所判決 平成21年6月19日
〔敷金(保証金)40万円 返還19万円〕
1 事案の概要
(上告人:賃借人X 被上告人:賃貸人Y)
賃借人Xが賃貸人Yに対して賃貸借契約締結時に、保証金約定に基づき40万円を交付したので、賃貸借契約終了後、賃貸人Yは、①本賃貸借契約には、契約経過年数により控除額を差し引いて賃借人Xに返還し、控除額は賃貸人Yが取得する条項があること、および②賃借人Xは本件建物を明け渡す場合に賃貸人Yの指示に従い契約開始時の原状に回復しなければならないが、別紙「損耗・毀損の事例区分(部位別)一覧表」の「貸主の負担となる通常損耗及び自然損耗」については保証金控除額でまかなう旨の条項があるので、通常損耗についての原状回復義務を賃借人Xが負うとされているとして、通常損耗についての原状回復費用21万円を控除した19万円を返還したところ、賃借人Xは当該特約は消費者契約法10条に違反するもので無効であるとして、21万円の返還を求めて提訴したところ、原審は賃借人Xの請求を棄却したため、上告がなされた。
2 判決の要旨
これに対して裁判所は、
(1)賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである
から、通常損耗等についての原状回復義務を負わず、その補修費用の負担義務も負わな
い。そうすると賃借人に通常損耗等の補修費用を負担させる趣旨を含む本件特約は、任
意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の義務を加重するものというべき
である。
(2)賃貸借契約に敷引特約が付され、賃貸人が取得することになる金員(いわゆる敷引金)
の額について契約書に明示されている場合には、賃借人は賃料の額に加え、敷引金の額
についても明確に認識した上で契約を締結するのであって、賃借人の負担については明
確に合意されている。そして通常損耗等の補修費用は、賃料にこれを含ませてその回収
が図られているのが通常だとしても、これに充てるべき金員として授受する旨の合意が
成立している場合には、その反面において、上記補修費用が含まれないものとして賃料
の額が合意されているとみるのが相当であって、敷引特約によって賃借人が上記補修費
用を二重に負担するということはできない。もっとも、消費者契約である賃貸借契約に
おいては、賃借人は、通常、自らが賃借する物件に生ずる通常損耗等の補修費用の額に
ついて十分な情報を有していない上、賃貸人との交渉によって敷引特約を排除すること
も困難であることからすると、敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合
には、賃貸人と賃借人との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差を背景に賃借
人が一方的に不利益な負担を余儀なくされたものとみるべき場合が多いといえる。そう
すると、消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、当該建物に
生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の
授受の有無及びその額等に照らし、敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである
場合には、当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の
事情のない限り、信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであ
って、消費者契約法10条により無効となると解するのが相当である。
(3)本件特約は、契約締結から明け渡しまでの経過年数に応じて18万ないし34万円を本件
保証金から控除するというものであって、本件敷引金の額が契約の経過年数や本件建物
の場所、専有面積等に照らし、本件建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定
される額を大きく超えるものとまではいえない。また、本件契約における賃料は9万
6000円であって、本件敷引金の額は、上記経過年数に応じて上記金額の2倍ないし3.5
倍強にとどまっていることに加えて、賃借人Xは、本件契約が更新される場合に1か月
分の賃料相当額の更新料の支払い義務を負う他には礼金等他の一時金を支払う義務を負
っていない。そうすると、本件敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず、本
件特約が消費者契約法10条により無効であるということはできない。
(4)以上から、原審の判断は、以上と同旨をいうものとして是認することができる。