原状回復にかかる判例【事例34】

[事例34]
 契約終了時に賃借人自ら補修工事を実施しない時は契約締結時の状態から通常損耗を差し引
 いた状態まで補修すべき費用相当額を賃貸人に賠償すれば足りるとされた事例
 大阪高等裁判所判決 平成21年6月12日
 一審・神戸地方裁判所尼崎支部判決 平成21年1月21日
〔敷金40万円 返還19万円〕


1 事案の概要

(原告:賃借人X 被告:賃貸人Y)
賃貸人Yから本件住宅を賃借していた賃借人Xが本件賃貸借契約を解約し本件住宅を明け渡したとして差入れた敷金から任意の返還を受けた金額を除く残額28万3386円の返還を求めて提訴した。これに対して第一審(神戸地裁尼崎支部)は、賃借人Xの請求を一部認容したので賃貸人Yは控訴した。


2 判決の要旨

これに対して裁判所は、
(1)クロスのように経年劣化が比較的早く進む内部部材については、特別損耗の修復のため
   その張替えを行うと、必然的に経年劣化などの通常損耗も修復してしまう結果となり、
   通常損耗部分の修復費について賃貸人が利得することになり相当ではないから、経年劣
   化を考慮して、賃借人が負担すべき原状回復費の範囲を制限するのが相当である。

(2)賃借人は特別損耗分のみを補修すれば足りるものであるが、施工技術上、賃貸借契約締
   結時の状態から通常損耗分を差し引いた状態までの補修にとどめることが現実的には困
   難ないし不可能であるため、通常損耗分を含めた原状回復(クロスでいえば全面張替 
   え)まで行っているものである。したがってこのような補修工事を行った賃借人として
   は、工事後、有益費償還請求権(民法608条2項)を根拠に賃貸人に通常損耗に相当す
   る補修金額を請求できるものと解されるから、契約終了時に賃借人自ら補修工事を実施
   しない時は、契約締結時の状態から通常損耗分を差し引いた状態まで補修すべき費用相
   当額を賃貸人に賠償すれば足りると解するのが相当であり、「原状回復を巡るトラブル
   とガイドライン(改訂版)」の見解は上記と同旨の見解に立脚するものである。

(3)賃貸人Yはこのような経年劣化考慮説によると減価割合について依拠すべき基準がなく
   場当たり的な判断になると主張するが、減価償却資産の耐用年数等に関する省令による
   とクロスの耐用年数は6年であり、賃借人Xは7年10か月間本件住宅に居住していたの
   であるから上記ガイドラインに照らせば通常損耗による減価割合は90%と認めるのが
   相当である。

(4)敷金返還請求権は、相殺のように当事者の意思表示を必要とすることなく賃貸借終了明
   け渡し時において、延滞賃料等の賃借人の債務と当然に差引計算がされて残額について
   発生されるので、賃貸人は賃貸借終了明け渡し日の翌日から敷金返還債務の遅滞に陥る
   というべきであるので、本件附帯請求の起算日は、明け渡し日の翌日である。

(5)以上から、原判決は相当であるとして本件控訴を棄却した。

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