原状回復にかかる判例【事例38】
[事例38]
賃借人が敷引特約を認識していても特約の合意が否定された事例
福岡簡易裁判所判決 平成22年1月29日
〔敷金42万5000円 返還29万5960円〕
1 事案の概要
(原告:賃借人X 被告:賃貸人Y)
賃借人Xは、賃貸人Yと平成17年10月、月額賃料8万5000円で賃貸借契約を締結し、敷金として42万5000円を差入れた。
本件契約書には、敷金について明け渡しの1か月後に3.5か月分を差引いて返還するとの約定が付された。
賃借人Xは平成21年3月28日に本件物件を明け渡したが、賃貸人Yが敷金のうち12万7500円のみ返還をしたため、賃借人Xは本件敷引特約の不成立及び消費者契約法10条に違反し無効であるとして、負担を自認している1540円を除いた29万5960円の返還を求めて提訴した。
これに対し、賃貸人Yは、賃借人Xは敷引特約を納得し、重要事項説明書による十分な説明を受けた上で署名押印をしている、賃借人Xの故意・過失に基づく損傷の修繕費が42万7088円であり返還すべき敷金はない等と争った。
2 判決の要旨
これに対して裁判所は、
(1)本件敷引特約について、通常損耗による修繕費に充てることを目的とするものと認定
し、通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に明記されていないし、また、本件全
証拠によっても賃貸人である被告及び本件建物を原告に仲介した訴外不動産会社がこれ
らの点を口頭により説明し、賃借人である原告がその旨を明確に認識し、それを合意の
内容としたと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることを認めるに足
りる証拠はないとして、特約の成立を否定した。
(2)本件賃貸借契約書及び重要事項説明書には、賃借人Xが署名押印したことは認められる
から、賃借人Xは本件敷引特約を認識していたが、本件敷引特約を通常損耗による修繕
費に充てることを目的としていると解する以上、同特約の合意の成立のためには、これ
だけでは不十分であり、さらに具体的かつ明確な説明を受けた上で、その内容を十分認
識し、納得する必要があったと言うべきであると指摘している。
(3)以上から、賃貸人Yによる賃借人Xの故意・過失に基づく損耗の修繕費の請求について
は、賃借人Xが自認している1540円以外は本件全証拠によっても、故意・過失による
特別損耗と認めることはできないとした。