原状回復にかかる判例【事例40】
[事例40]
敷引契約について消費者契約法10条に違反しないとされた事例
東京地方裁判所判決 平成22年2月22日
〔敷金26万6000円 返還9万8185円〕
1 事案の概要
(原告:賃借人X 被告:賃貸人Y)
賃借人Xは、賃貸人Yとの間で平成20年3月31日、本件建物を賃料月額13万3000円、共益費月額1万円、敷金26万6000円、期間同日から364日(定期借家契約)、解約予告期間1か月という内容で定期借家契約を締結した。
賃借人Xは、再契約を締結した後、平成21年5月18日、賃貸人Yに対して解約を申し入れ、同年6月17日本件建物を明け渡した。
その際賃借人Xは賃貸人Yの担当者から①リビングの柱の傷(縦0.2ないし0.3cm、横0.5cm程度のもの)、②リビングの窓の下の3cm四方のクロスの剥がれ、③寝室の壁の傷(縦0.5cm、横10cm程度の擦った跡)、④寝室の壁の傷(縦1cm、横0.5cmの傷)があることを指摘され、②ないし④についてクロスの張替えによる原状回復費用が必要となると言われ、その後賃貸人Yは原状回復費用12万2850円のうち3万4815円と敷金の償却分13万3000円を敷金26万6000円から差引いた15万8153円(退去日の日割精算返却額5万9968円を含む)を賃借人Xの口座に振り込んだ。
これに対して、賃借人Xは、敷金の償却に関わる特約(本件敷引特約)は消費者契約法10条に違反し無効である、並びに原告が負担すべき原状回復費用は6865円を超えるものではなく、壁クロスの全面張替えが必要ではない、として、賃貸人Yに対して16万1265円及び平成21年8月28日から支払済まで年5分の割合による金員を支払うことを求めて提訴した。
2 判決の要旨
これに対して裁判所は、
(1)本件敷引契約は、賃借人の債務不履行の有無を問わず敷金から一定額が差引かれること
を認めるもので、賃貸借契約に関する任意規定(及び判例等で一般に認められた不文の
法理を含む)に比し、賃借人の義務を加重するものと認められるとして消費者契約法
10条前段の要件を満たすと判断し、同条後段の要件については、本件敷引特約は合理
的な根拠を持たないと言わざるを得ないが、①本件敷引契約の内容については重要事項
説明書、賃貸紛争防止条例に基づく説明書等に明記されており、契約終了時に敷金1か
月分が当然差引かれることは消費者である賃借人Xにおいて容易に理解できた、②契約
締結時の事情等からすれば賃貸人が賃借人に対して一般的に有利な立場にあったとは言
えず、賃貸条件の情報も仲介業者やインターネット等を通じて容易に検索し、比較検討
できる状況にあったものと認められ、本件契約の条件と他の賃貸物件の契約状況を比較
し、本件敷引特約を含む本件契約を締結すべきか否かを十分に検討できたはずである、
③敷引料は賃料の1か月分の13万3000円であり、再契約をすれば1か月あたりの負担額
は低額になり、本件では使用期間に対してやや重い負担となったがそれは賃借人Xが中
途解約したためである、を考慮すると本件敷引契約をもって直ちに賃借人の利益を信義
則に反する程度まで侵害したと見ることはできないから、消費者契約法10条に違反す
るという賃借人Xの主張には理由がない。
(2)被告が主張する上記①~④の特別損耗分についてはいずれも自然損耗・経年劣化に属す
るものとは言い難く、それらは賃借人Xの過失によって生じたものと推認でき、居室全
体のクロス張替えが必要となることは容易に想定されるところであり、賃貸人Yは本件
壁クロス全体の自然損耗・経年劣化分として約77.5%としており、この算定が不合理
と認める証拠はないから賃借人Xが負担する原状回復費用は3万4815円であると認め
られる。
(3)以上から、賃借人Xの請求は理由がないとし、これを棄却した。