原状回復にかかる判例【事例6】
[事例6]
まっさらに近い状態に回復すべき義務ありとするには客観的理由が必要であり、特に賃借人の義務負担の意思表示が必要とされた事例
伏見簡易裁判所判決 平成7年7月18日 消費者法ニュース25-33
〔敷金19万8000円 返還19万8000円 (全額)〕
1 事案の概要
(原告:賃借人X 被告:賃貸人Y)
賃借人Xは、平成2年4月1日、賃貸人Yとの間で建物について賃貸借契約を締結した。契約期間は2年間、賃料月額6万6000円、敷金19万8000円とされ、賃借人Xは同日賃貸人Yに敷金を支払った。平成4年4月1日の契約更新時に賃料が5000円増額されたが、敷金の追加支払はなく、賃借人Xは更新料として12万円を同年6月1日に支払った。
賃借人Xは、平成6年1月23日に本件建物を退去して賃貸人Yに明け渡した。
明け渡し時に賃貸人Y側の立会人は、個々の箇所を点検することなく、全面的に改装すると申し渡したので、賃借人Xが具体的に修理等の必要のあるものを指摘するよう要求したところ、後日賃貸人Yから修理明細表が送られてきたが、内容は全面改装の明細であった。賃借人Xが賃貸人Yの通知した修繕等を行わなかったため、賃貸人Yは賃借人Xの負担においてこの修繕等を代行した。
賃借人Xは、建物を明け渡したことによる敷金の返還を求めて提訴した。一方、賃貸人Yは賃貸借契約に基づく明け渡し時の原状回復の特約(契約時点における原状すなわちまっさらに近い状態に回復すべき義務)を賃借人Xが履行しなかったことで、賃貸人Yが負担した畳、襖、クロス及びクッションフロアの張替え並びに清掃費用の合計48万2350円のうち、敷金によって清算できなかった差額金28万4350円の支払を求めて反訴した。
2 判決の要旨
これに対して裁判所は、
(1)動産の賃貸借と同様、建物の賃貸借においても、賃貸物件の賃貸中の自然の劣化・損耗
はその賃料によってカバーされるべきであり、賃借人が、明け渡しに際して賠償義務と
は別個に「まっさらに近い状態」に回復すべき義務を負うとすることは伝統的な賃貸借
からは導かれず、義務ありとするためには、その必要があり、かつ、暴利的でないな
ど、客観的理由の存在が必要で、特に賃借人がこの義務について認識し、義務負担の意
思表示をしたことが必要である。
(2)本件契約締結の際に当該義務の説明がなされたと認められる証拠はなく、重要事項説
明書等によれば、賃借人の故意過失による損傷を復元する規定であるとの説明であった
と認められる。
(3)以上から、賃貸人Yの主張を斥け、賃借人X支払済の敷金全額の返還を命じた。